2018年2月22日木曜日

「神様の目は先をみる」

クレヨン牧師のミニエッセイ

「神様の目は先をみる」
 
 帰省ラッシュというのに初めて出会いました。ところが、ちょうど方向が反対だったので、ラクラクとそのラッシュを眺めることができました。しかし、久留米あたりから、関門橋を過ぎてなお車の渋滞には驚きました。動いているように見えてノロノロの渋滞なのです。
 
 初めのうちは「これは大変だろうな」という思い。だんだん「かわいそうだな」になって、「トイレはどうするのだろう」と心配になりました。しかしなお車の列は続いている。「子供を乗せている車は大丈夫なのか」と祈りました。
 
 こんなとき、車にすべて無線がついていて、すれ違う車が、前の状況を伝えるようにすればいいのではと思いました。古賀サービスエリアに入るのに、15キロの列と分かれば近くのインターで降りてドライブインを探すでしょうに。また、子供連れならば、途中で降りて休んだほうがどれだけ楽しい旅行になるかしれません。
 
 そう考えながら、神様の目というのはこんなものかもしれないと思いました。その人の人生の先がすべて分かっている。この道を自分の考えだけで進めば、たまにはラッキーなこともあるかもしれないが、たいていは泥沼の渋滞に入り込んでしまうものです。その時、その時に祈りという無線で神様に聞くのが一番いい方法なのです。車の渋滞をながめながらそんな風に思いました。