2017年8月24日木曜日

「ケンカしてても」

クレヨン牧師のミニエッセイ

「ケンカしてても」
 
 いつもケンカばっかりしていても、やっぱり姉妹はどこかで助け合っているものだなと思います。我が家の娘たちは、時間があればささいなケンカをしています。親が注意するのが面倒になるくらいケンカをしているのです。
 
 さて、先週のことでした。長女が一泊保育のために幼稚園へ行きました。次女もその日ばかりはケンカする相手もなく、静かに遊んでいました。ところが次の日のことです。次女がいつもより早く起き、その日の第一声は「おねえちゃんを迎えに行こう」でした。きっと一人でさみしかったのでしょう。ところがそれからが大変。お姉ちゃんの下駄をもって、「はやく迎えに行こう」の連発。郵便局へいっても、スーパーへ行っても、その下駄を握りしめて離さないのです。やっぱり姉妹なのだなと思いました。いつもあんなにケンカばっかりなのにと。
 
 キリスト者は兄弟姉妹といわれます。兄弟姉妹には仲がいいときもあるし、意見が食い違うときもあります。はたまたケンカになることだってあります。しかし、キリストの十字架というきずなで結ばれているのです。そのきずなにあって赦しあうことができるのです。
 
 正午に幼稚園に迎えにいったときの次女の第一声は「なにしとったん」でした。長女は「いいじゃん」といってまたケンカがはじまりました。